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みんなの「自閉症」ブログ


学校に親はなじまない

2012/04/24 11:59
このところ、昔の記事ばっかりアップしていたので。。。
今日は、オンタイムで(笑)



昨年度、娘のクラスががたがたと崩れ、
行ける親が朝から下校まで、クラスに入って「支援」していました。

先生方は、「学校に親はなじまない」と言いながらも、
自分たちだけでは手が回らず、親が入ることを認め、
少なからず感謝もしてくれていました。

学校に行ってまず思ったのは、
子どもたちは、こんなにも放っておかれているのかぁ・・・ということ。
決して悪い意味だけではありません。
先生の目が届かない時間、子どもたちだけで考え過ごす時間の多さ。
それは、子どもが自立していなければ任せられない時間でもあります。

その時間を上手に、楽しく過ごせるかどうか・・・
それは、先生の目が届いている時間にどれだけ子どもたちを「教え導いているか」だと思います。

先生との関係だけでなく、友達同士の関係もうまくいかなくなっていた娘のクラスでは、
この「放っておかれる時間」にトラブルが続出。
そして、そのトラブルを授業にまで持ち込むことに。。。

授業が始まって先生教室にくるので訴えに行く子。
先生に、授業が始まるから、帰りの会で話すように言われ、不全感をもったまま過ごすことに。

先生にいいに行けば怒られると思っている子。
不満もいらいらも、悲しみも全部自分の中に取り込んで、授業中もいらいら、授業の邪魔をし、さらに怒られる・・・悪循環。

先生に言っても仕方がないとあきらめている子。
そう。もうすぐ4年生なんだから、そのくらい自分たちで解決するようにと言われる。
そのためには、自分たちで解決する「力」をつけている必要がある。
その「力」をつけてもらえずに2年間過ごしてしまった子どもたちは、
ただお互いを責め合って収拾をつける。

クラスの中は、いつも、「誰かが悪い」状況。

人間関係をうまく作れないのは、家でのしつけや、友達関係づくりへのしつけが足りないからだと、暗に言う先生。
確かに、親にも責任はある。
大いにある。
娘を見ていて、自分の子育てを、ずいぶん見つめ直した。。。(苦笑)

でも。
クラスの子どもたちを、どうまとめ、どう育てていくかを考え、導くのは先生。
そのときに、
先生が思う「いい子」になるように。
みんなが同じようにできるように。
形が「できていれば」ほめられ、見えないところでしていることは見逃される・・・。
そんな「軸」では、意志をもち、自我の育ち始めた3年生は、ぶれて当たり前。
ずっと、そう感じていた。


クラスをまとめ、クラスの子どもたちを育てていく責任は、今の教育の体制では、クラス担任にだけにある。
他の先生も、「あの先生のやりかたでは・・・」と思いながら、口出しをしない。
教頭先生も、校長先生も、朝から夕方まで通してクラスを見るなんてことはしない。

大人になって、親になって、娘のクラスに入ってみて、
学校教育の「狭さ」「密室度」を感じた。

「先生」なんだから、何でもできるわけじゃない。
ちょっと手のかかる子や、ちょっと難しい子がいたら、対応できない先生だっている。
「できないこと」「苦手なこと」があっていいのは、
障害のある子だけじゃない、子どもだけじゃない、大人にも、先生にもあっていい。
だから、みんなができることを発揮して、みんなでやっていけばいい。

親は学校になじまない。
確かに、親という立場で、自分の子どものクラスに行くと、
自分の子どもは嬉しいし、照れくさいし、いい子になる。
他の子は、ちょっとつまらないし、でも、いろいろ話を聞いてくれるし。。。
他の子の話を聞いていると、自分の子はつなんないし。。。
なんてことになる。

でも、考えたら、多くの先生は、親でしょ?
自分の子どもがクラスや学校にいないだけで。

いろんな人の目が学校に入って。
いろんな人が子どもたちを見つめ、励まし、しかり、褒め。。。
それぞれ、みんな違って、みんないい子だよ。とおおらかに育てていけたらいい。。。

学校も、先生も、全然特別じゃない。
みんな同じ人間。

できないことも、苦手なことも、ある。
できないことも、苦手なことも、あっていい。

まずは、先生たちが、そう思えるようになってほしいな。




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2005年11月8日〜支援者という立場で書いています

2012/04/18 08:41
昨日アップした2005年11月6日の記事。
自閉症の人のつらさと自分のふがいなさに、
子どもを抱きながら泣いていたところを、看護師さんに見られて、
マタニティーブルーか!?と心配されたっけ・・・(^^;

たぶん、気持ちがセンシティブになっていたのは確かなんだろうな。。。

もう9年も前のことなんだなぁ。。。

・・・☆・・・☆・・・☆・・・

November 8, 2005

「支援者という立場で書いています」

先日の日記(子育ての中で改めて自閉症を学ぶ)を読み返していて、
もしかしたら、これを読んで、憤りや悲しみを感じた自閉症のお子さんをお持ちのおかあさんやご家族、ごきょうだいがいるかもしれないな…と思いました。

自閉症のお子さんをお持ちのおかさあん
それも、まだ小さくて
自閉症であるということがわかったばかり…
というようなおかあさん
これからどうすればいいのか…と途方にくれているかもしれないおかあさん

自分の子どもは自閉症ではなくて
わかった気になるなと
思われているかもしれません

私は、自閉症という障害をもって生まれた人を支援する立場で書いています。
それは、もしかしたら、ご家族やごきょうだいの立場や気持ちからは
少し距離をおいた物言いになるかもしれない可能性があるということです。

私は、自閉症の人を支援する人たちを支援することを仕事としています。
支援者に気づいてほしいこと
支援者にわかってほしいこと
支援者に変わってほしいこと
を伝えるために
もしかしたら、ご家族やごきょうだいの気持ちに添えない物言いになるかもしれません。

ご意見やご感想は、どんなことでも結構ですので
お伝えください。
真摯にかんがえ、真摯におこたえしたいと思います。

自閉症の人たちが、当たり前に暮らせること
を願う気持ちは同じ…と思っています。

霜月8日
山の紅葉は、黄色が増えてきました。
から松でしょうか。
隣の森の“どんぐりの木”も黄色くなって
葉を落とし始めました。
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2005年11月6日〜子育ての中で改めて自閉症を学ぶ

2012/04/17 09:15
November 6, 2005

「子育ての中で改めて自閉症を学ぶ」

眠い目をこすりながらやっと書き上げた日記を
送信ミスで消してしまってから早3日。
スタート2日目にして、ショックでお休みしてしまいました。

せっかくアクセスしてくださったみなさま
ありがとうございます&ごめんなさい。

さて…
人生初めての子育てを始めて2年と9ヶ月。
出産直後から「あ、自閉症の人と同じだ」
と思うことの連続。
自閉症が発達障害であるという所以を改めて納得している次第。

しばらくの間、
思い出すままに、娘から学んだことを
書いていって見ようと思います。
(飽きやすいので、ずっと続けてこのことだけ書き続けられないと思います。
他の話題も入りつつ…ということになると思います。
この話題で書くときのカテゴリは「自閉症」です。)

娘を産んだ産院は、母子同室が基本でしたので、
母子ともに異常がなければ、赤ちゃんは、生後丸1日するとおかあさんのところへ来ます。
うちの場合、娘の体温が上がらず、1日保育器に入っていました。
2日目の朝母のもとへ来た娘。

「あかちゃんは、生まれてすぐからお母さんがわかる」となんの疑いもなく信じていた新米かーちゃんは、
抱いてみてすぐに「あれ?」と思うことになります。
なにかしっくりとこないのです、お互いに。
抱っこしても、我が子はなにやら居心地が悪そう…
ミルクをあげても、何となくうまくいきません。
ところが、部屋に来てくれた看護士さんがひょいっと抱き上げると
なんともリラックスした様子に。
そのことをそのまま看護士さんにはなしてみると
「そりゃー、1日一緒にいたもんねぇ」と娘をのぞき込んで言うのです。

生まれてから48時間
おむつを換えてもらい、ミルクを飲ませてもらい、泣けば抱いてもらい
お風呂に入れてもらい…
彼女にとって、自分の欲求(不快をなくしてほしい)を訴えて満たしてくれていたのは看護士さんです。

伝えれば応えてくれる
いやなことをしない
もっと言えば、自分を快適な状態にしてくれて
安心や快感を与えてくれる…。
コミュニケーションの基礎の基礎。
私たちは、生まれたそのときからコミュニケーションを練習し
コミュニケーションを身につけていくのだということを知り
身の毛がよだつ思いがしたものです。

自閉症の人たちは、
おそらく生まれたそのときから
このやりとりがうまく成り立たずに生きていかなければならないのです。
生まれてすぐに自閉症であるとわかる人は今のところいないはずです。
はやくても数ヶ月、今の日本の現状では、1年半から3年。
もしそこから適切な支援を受けられたとしても、
そのときすでに「人とのコミュニケーション」に不快や不信や無意味を感じてしまっている可能性はとても大きいはずです。

私は、大人になった自閉症の人との関わることが主です。
言葉を嫌い、人を嫌い、コミュニケーションを拒否する…
そうなるであろう…とわかったつもりでいたけれど
生まれたばかりの娘を抱きながら、
自分のふがいなさと、彼らのつらさを思って、涙があふれました。

と同時に、TEACCHプログラムのなかで、コミュニケーションをもっとも大事に扱っている、ということを思いだし、
あらためて、TEACCHプログラムの偉大さを感じた瞬間でもありました。
ノースカロライナで出会った自閉症の人たちの、おだやかで安心した表情の理由は、きっとここにあるのでしょう。

少しでもはやく、自閉症を発見し
少しでもはやく、自閉症としての支援を受けられるように…。
そして、人とのコミュニケーションを楽しみ、
人と一緒に暮らすことを好きになってほしい。
そう思います。

さて、新米かーちゃんとその娘はその後どうなったかというと…
泣いたらおむつを換え、おっぱいを飲み、足りなければミルクももらい、
それでも泣くときには抱いてあやしてもらい眠る…。
ということを3時間おきに繰り返すこと数回。
1日もしないうちに、すっかりかーちゃんと息が合い…
その後のあまえんぼの基礎を築くのでした。
自閉症という障害を持たない、ということは、すごいことだなぁと
しみじみと寝顔を見ていた記憶がよみがえってきました。

余談ですが
もし産科のドクターや看護士さんの中に自閉症のことを理解する人がいたら
ごく早期の段階でスクリーニングできる人もいるのではないかな?
どうですか?出産経験のある自閉症の理解者さん、そう思いませんか?

霜月6日
山は霜月に入ると同時に霜が降りました。
今夜は、あたたかな雨の夜です。
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2005年11月2日の日記

2012/04/16 08:48
さて。
3年目に入ったこのブログ。
いやなアクセスもなく、続きそうですので、
予告通り、時々、以前のブログ記事を、ここに復活させてあげようと思います。
記念すべき、第1回の記事。


November 2, 2005

初霜
霜月に入ると同時に霜が降りました。
稲刈り後の田んぼは真っ白。
畦の草についた霜は朝日に溶けてきらきらして、白いゆげが立ち上っています。

朝起きて、薪ストーブの「おき」からもう一度火をおこせるかどうかを心配する季節です。

稲刈りが終わると、山は冬支度。
少なくとも3ヶ月雪に埋もれるこの地方では、
まだ蝉の声が残るなかで、冬野菜の種を蒔きます。
季節と競うように大きくなった大根が、あちこちの軒で干され始めました。

山に棲むようになる前は、
トレンディードラマのロケ地になるようなニュータウンのマンション暮らし。
野菜に旬があるということを忘れかけ、
季節の移り変わりを感じる感性を失いかけていた時に、
娘を授かりました。
人社会への期待も信頼もできないという憤りが、あきらめに変わりつつある時に、
山への引っ越し。

リスや狸の棲む森と隣り合わせ
北信五岳のうち4岳を望み
春、夏、秋、冬の季節の野菜を畑から直送
四季折々に咲く花と、何年かぶりの再会
夕立の時には雷が鳴り響き
秋には赤とんぼが山から降りて空いっぱいに飛び
冬には2mちかくつもる雪

あったかい人たちに囲まれ
人社会も悪くないかもしれないと思う。

そんな人と自然の中で子育てできる幸せ
そんなものとは無関係に腹の立つこともある子育て

子どもと自然と山の人たちから
たくさんのことを教えられ
まだ、できることも、やるべきこともある
と思い直し
障害のある人たちを支援する人をバックアップすることを生業としてみることに…

そんなこんなの「やまのやまんば」の
山の自然と
子育てと
障害福祉と
その他いろいろ
四方山話を
これからぼちぼち書き残してみようと思っています。

山の空気を吸いたくなったら
ちょっと立ち寄ってみてください。

もうすぐ雪の季節です。
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感情の温度計(つづき)

2011/07/21 12:28
娘と、感情の温度計の話しをして、解決したいらいら。
もうひとつ。


娘は、学校から帰ってくるとすぐに宿題を出し、リビングでやり始めます。

その時間は、私もできるだけ時間をつくって、一緒のテーブルについて、宿題につきあうようにしています。
そして、
娘の宿題の答えが間違っていると、すぐに「そこ違ったよ」と言うようにしていました。

母とすれば、その場で直してしまった方が、間違いにすぐ気がつくし、やり直しの手間も省けるのでは。という「親心」のつもり。
しかも、娘は、失敗や間違いを指摘されるのがとても嫌いで、すぐにいらいらし、人の話を聞かなくなるので、その矯正のつもりも、少し。


それで、いつもは…
「そこ、違ってるよ」
「わかってるよ、もう!うるさいなぁ。」
「教えてあげているんだから、ありがとうって聞いたらどうなの?!」
と、ふたりでいらいら。


ふたりで、このことについて、温度計を使って話してみました。

「お母さんが間違ってるよって言うと、いらいらの温度があがるね。」
「うん」
「間違えるのが嫌なの?」
「違う、途中で言われるのがいやなの。どきっとしてびっくりするし、やってる途中なのに…」

「あ、そうなんだ。じゃあ、どうすれば、温度上がらないようにできるかな?」
「途中で言わないで、全部終わってから言ってくれればいい」
ふーん

「全部終わってから、『この中に間違いがあるけど、ど〜こだ?!』って、間違い探しみたいに言ってくれたら、『え〜♪どこかなぁ?ここ?』って聞けるでしょ。そしたら、いらいらの温度あがらないですむでしょ」


そうだったのか。
集中してやっているときに、ちゃちゃ入れられるのが嫌だったのか…。

早速実践。
2日続けて、ふたりともいらいらせずに、宿題を完璧に仕上げられました(^^)♪


♪ 感情に気づく → どんな時かを認識する → どう対処すればいいか考える → うまくいく ♪
この流れが、共通のイメージになり、成功が共有できて、お互いに気持ちよくいられる。

やっぱり、The CAT-kitいいなぁ。


自閉っ子(発達年齢で7歳以上が、ターゲットとのこと)とそのご家族に、もっともっと活用してほしい!

お互いに感情をコントロールしながら暮らせる幸せを、お互いの気持ちを分かり合える幸せを、み〜んながもてますように…!









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感情のレーティング〜感情の温度計

2011/07/19 11:27
The CAT-kitの研修で、温度計のようものをつかって、感情のランク付けする、ということを学びました。

群馬からの帰り道、娘(8歳)と、やってみました。
といっても、私は運転しながらだし、kitもないので、「もし気持ちを温度計みたいにはかるとしたらね…」という設定で話しあってみただけですが…。


★「うれしい」と「楽しい」は、どっちが温度が高いと思う?★
「うれしい」ほうが低いかな。

「うれしい」は、にっこりする感じだけど、
「楽しい」は…もっとあげあげな感じ。

ここですでに、定型発達恐るべし!と思う私。
習わなくても、感情と身体感覚・身体変化と結びつけて感じているんだぁ!!

★「さみしい」と「かなしい」はどうかな?★
「さみしい」ほうが低いかな。

「さみしい」は、思うだけだけど、
「かなしい」は、涙が出てくる感じ。

なるほど。


★「ムッとする」と「怒る」だったら?★
「ムッとする」が低くて、次に「いらいらする」感じがあってね、それから「怒る」かな。

例えばね、お友達に「こうしてみたら」って言ってもやってくれないとムッとするんだよね。
何回も言っているうちに「いらいらしてきて」ね、それでもやってくれないと「もう!!」って怒っちゃう感じ。

おお!
またもやあなどりがたし!定型発達。
どういうときに感じるか、も自動的にイメージしている。

そこで。
じゃあ、いらいらしてきたときに、それ以上温度があがって怒っちゃわないように、温度を下げるにはどうしたらいいと思う?

いつもはね、「なんでしてくれないの?」って聞くの。
理由がわかると、「ああそうか」って思えるから、温度が下がるんだよね。
でも、ムッとする気持ちは残るかな。
でも、どうしたいかは人それぞれだから、仕方がないなって思うようにするの。

う〜ん…!
なるほど、定型発達の脳は、意識して教えてないのに、こんなアクロバットができるようになってしまうのかぁ…!!


★じゃあ…「好き」と「嫌い」だとどうだろう?★
えーと…。
「嫌い」は0℃から3℃くらいまでかな。
3℃から20℃くらいが「好き」で…「好き」にもいろいろあるから。
20℃以上だと「大好き」かな。

★「大好き」は何度くらいまであるかな?★
40℃くらいかな。

なるほど、彼女の温度計は、日常的につかっている気温計のイメージなのか、とここで気づく。

ふーん。
おかあさんは、何度くらい?
えーとねぇ、25℃…28℃くらいかなぁ。

え(^^;
いつも「お母さん大好き!」って言ってるのに。。。
大好きの中では結構低い??

お、お父さんとかじーちゃんとかばーちゃんは?
同じくらいかな。28℃。

そ、そっか(とちょっと、安堵する母(^^;)

30℃以上に好きな人っているの?
人?うーん、人っていうよりねぇ…しぜん、かな。

しぜん?
そう、空とか木とか花とか動物とか…空気とか星とか太陽とか…。
とにかく、そういうしぜん。

そうかぁ。。。
いや、参りました。
自然崇拝の気持ちが、「大好き」の最高温度。


The CAT-kitを使うと、自閉症の人たちの会話力とコントロール力がバツグンに伸びる、ということでしたが、娘と話してみて、こういうことなんだろうな、と感じました。

感情を視覚化・言語化して認識すること。
そこには、価値観が大きく影響している…
それは、価値観に大きく影響する…

感情教育は、日本の教育カリキュラムの中には無いのだそうです。
ということは、裏を返せば、感情教育をしている国もあるということですね。
最近の日本の状況をみていると、感情教育って、とても大事なことなのではないか…と思った次第。

The CAT-kitもっともっと勉強しよう!!


そうそう。
自閉症の人も、私たち大人も、どちらかというと、ネガティブな感情のほうがイメージしやすいそうなのですが。
娘は、かなしいとか怒るとかの、ネガティブな感情よりも、うれしいとか好きとかの、ポジティブな感情のほうが、考えやすいし好きだと言っていました。
なんだか、思っていたよりもずっと&私よりもずっと、豊かな素敵な感情が、彼女の中に育っているようです。

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感情のコントロール〜感情をレーティングする

2011/07/19 10:33
昨日と一昨日、群馬で開催された、服巻智子先生の研修会を受講しました。

Social StoriesTMとThe CAT-kitの入門講座です。

(世界レベルで)最新の情報も盛り込まれたTomoko先生の講義は、実践的かつ理論的で、いつもいつも勉強になります。
今回も、もちろん、すばらしい内容でした。

Social StoriesTM研修を受講するのは数年ぶり2回目。
以前よりも、(高機能)自閉症の人たちの脳の特性とコミュニケーションの支援について丁寧に話されていたことと、
TEACCHの構造化(特にスケジュールや手順書)とセットで使うことの有効性について強調されていたことが、とてもいいなと思いました。

「自閉脳」という概念や、高機能自閉症の人たちにとっての構造化の必要性(自閉症なのだから当然必要という考え方)は、まだまだ決してポピュラー・標準ではありませんからね…。


The CAT-kitは、初めての受講です。
基礎1講座ということで、こちらも、自閉症の人たちの脳の特性と感情教育の重要性について、とても丁寧に話してくださいました。

印象的だったのは、自閉症の人たちの感情教育を考えるにあたって、一番重要なのは、私たち支援者(親も含む)が、定型発達の人たちの感情の発達について(特に、「みんな違う」ということについて)知ることと、自分たちだって感情をコントロールできていない・コントロールするのは難しいということを知ることというお話。

確かに…(^^;

でも、感情を波立たせないことがいい、というわけではないですよね。
自閉症の人たちにも豊かな感情があり、それを自覚・意識しながらコントロールできる「立派な社会人」をめざすことが重要!

だからこそ、小さい頃から適切な感情教育を重ねていくことがとても大切なのだと。

「理解は異なっていても、心は普通」むしろ「普通の人より傷つきやすい」

脳が違うのだから、入力の方法が違ってあたりまえ。

改めて、早期発見、療育の重要性を再確認しました。



それにしても。
自閉症の勉強は、いつもいつも、自分の価値観、自分の脳、自分の(大人としての)生き方を問い直すことにつながります。

「常識」ってなんだろう?
日常の行動、生活、仕事…は、なぜこうなっていて、自分はこうしているんだろう?
なぜ今こう感じたのだろう?

何よりも、普段はそんなことを意識しないで、生きていられるの幸せに感謝しつつ、もっともっと勉強しなくちゃ!と思う朝です。



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学ぶ姿勢

2011/07/08 00:48
自閉症の人にご協力いただいて、障害特性と構造化された支援の導入を学ぶ研修を試行しています。

全7日コース。
今年に入って2回目が先週末にUP。

最終日の実習にむけて、基礎理解からスタートし、ひたすらアセスメントとプランニング。
実習前日のシュミレーションまでたどり着き、やってみて…またダメ出し…。
受講している人たちは、相当どんより。
たぶん、「こんなにやる必要があるのか…」と思っているのだろうなぁ…(^^;

でも、最終日の実習で。
普段は
初めての人との活動は苦手ですとか…
初めての活動でパニックになったことがありますとか…
そばにいていちいち指示してあげなければ動けませんとか…
トイレ通いが頻繁になりますとか…
できることが思い当たりませんとか…
そんな人が、とても生き生きと、いい表情で、さくさく活動できる姿を見て、
受講している人たちの表情もいきいきしてきます。

自閉症(に限らないと思いますが)支援は、段取り8分。
その8分の手間、労力の大きさが、普段とは比べものにならないくらい大きいということに気づいてもらうことが、研修のひとつの目標。

そう、こんなにやる必要があるのです。
というか、
これだけやると、自閉症の人の暮らしとして達成される10(分)が、こんなに大きくなるのです。

この「大きな10分」を知ってもらうことも、大事なのだな…と、最近思います。
だって。。。
支援している人たち(この場合研修受講者)が、その人の「大きな10分」をイメージすることができないのですから…。

この人にそんなことができるはずがない。と思っている。
もし本当に、今それができていないとしたら、
それは、その自閉症の人の限界ではなく、
支援する人たちの支援力の限界なのです。

私たちは、もっともっと謙虚に真摯に、彼らのことを理解し、支援する努力を重ねなければいけないと思います。
私たち次第で、彼らの生活、人生が、大きく変わるのだから。

そのことに気づき、学ぼうとする姿勢をもてるようになること。
それが、この研修の一番の目標。
だと思っています。


「こたえ」は、ひとりひとりの自閉症の人たちの表情、生活、人生の中にある。

彼らの人生が続く限り、私たちの学びと努力は続くのです。




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障害者虐待防止法が成立

2011/06/19 22:49
障害者虐待防止法が成立。
いろいろ議論、課題はあるにせよ、
なにはともあれ、成立したことは、良かったと思う。

が、発達障がい分野での課題は、大きいなぁとも思う。

何を隠そう、私は、某知的障害者入所厚生施設に就職してからの10年間、自閉症の利用者さんに虐待をしていた。
就職して10年間、誰も、私にそのことを教えてくれなかった。
というより、誰もが同じような関わりをしていて、それを虐待だとは思ってもいなかった…。

前にもこのブログで書いたかもしれない。
10年目に受けた研修で、佐々木正美先生から学んだ「悪意のない虐待」について。

自閉症の人たちの障害を正しく理解しないまま、自分の文化・価値観に基づく関わりを続けることは、それが、自分たちにとっては「支援」や「指導」であっても、自閉症の人たちにとっては虐待なのだと…。

その研修で学んだ自閉症という障害についての知識は、私のそれまでの「支援」が、明らかに、悪意のない「虐待」だったということを証明していた。
目から鱗が1万枚くらい落ちたのではないかと感じ、反省をし、懺悔の道に突入。
あれから10数年。
学び続け、自分にできることで償いをしようと、努力してきたつもり。
最近やっと、私は虐待をする支援者ではない!と自信を持って思えるようになってきた。

なってきた私にも、虐待防止法では、通報の義務・権利がある。

私は「悪意のない虐待」について、どうすればいいのだろう?
周囲の人たちは、何も知らず、気づかず、「ふつうに」関わっているだけ。
でも、自閉症・発達障がいの人の立場にたったら、明らかな精神的or身体(感覚)的な虐待を受けている状況。
それを通報したとして、だれがそれをジャッジしてくれるのだろう?

最近Mr.BOUZANがブログ(http://blog.goo.ne.jp/bouzan0807)で、発達障害1次相談窓口について連載しているけれど…。
市町村の窓口が、発達障がいの1次相談窓口として機能しているとしたら、「悪意のない虐待」に関する通報も、受け止めてもらえるかもしれない。
でも、現実は…。

「悪意のない虐待」
これは、「悪意のない」ものだからOK、とするのではなく、当事者(周囲の家族、支援者、先生、友達、上司、同僚などなど…)に気づかせ、学ぶ必要があることを「指導」または「勧告」するくらいには、日本の発達障がい福祉も成熟しないといけない。
と、思う。

頑張ります。
頑張りましょう。

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やる気は相乗効果

2011/01/21 11:14
先週、大雪の北海道で、若い支援者のみなさんの研修の講師をさせていただいた。

ばたばたしたスケジュールの中で、しかも、初めてのプログラム。
こなれていないし、時間配分もうまくいかない。。。
でも、せめて中身はしっかりと伝えよう!と思いながらのスタート。

話していて、ふと気づく。
あれ?なんだか私すごく一生懸命話してる。
今まで出会ってきた自閉症の人たちの顔が次々浮かんでくる。

そうか。
私の方を向く顔と目が、きらきらしている。
ひとつでも多く学び取ろう!!という気持ちが伝わってくる。
そのパワーに無意識に応えていたんだ私。

私は想定外…想定以上のパフォーマンスで、伝えられたな。
という満足感が残る。

・・・*・・・

「初めてのプログラムで…」と少々言い訳。
かえってきた言葉は
「初めての企画ですか!光栄です!」

そう。
初回は、こなれてはいないけれど、コンセプトと想いがはっきりしている。
そして、この人たちに向けてなら。というターゲット。
一緒に作り上げていく気持ちが共有されていけば、効果は計り知れない。
それを知っていて、しかも、言葉にして投げ返してくれる人たち。


この人たちの言葉を聞き逃さない!という姿勢もすばらしかった。
夜鍋を囲みながらの話しでも、仕事や研修の後で疲れているだろうに、
体も目もこちらに向けて聞き入ってくれる。

学びは、研修会の場だけではできない。
その人の人生からこそ、学ぶことがあると思う。
その学びを引き出すのも、聞き手の姿勢だと感じる。
自然に話してしまうし、何よりも、伝えたい!というパワーがでてくる。


日頃現場で、真摯に、真剣に、利用者のみなさんと向き合い、関わり、
いつも自分の仕事をよくしよう!と頑張っているんだろうな。
彼らのために、自分の経験や知識が役立つなら嬉しい。
と心から思う。

久しぶりに、「まだ変われるかもしれない、まだ変えられるかもしれない!」と思う。
感動だった。


言われたからでる研修。
講師だから…とつきあってくれているんだろうな…と感じる場。
では、やる気の相乗効果は生まれない。
当然感動も。


「やねだん」豊重哲郎さんからの教え。
感動が人を動かす。

そうか。
感動は、自分だけでなく、相手も一緒に、動かすんだ。

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タイトル 日 時
親の責任と義務と権利と
とある研修を受け、 「どんなにいい支援、いい教育をしようとしていても、正しい障害理解がなければ悪意のない虐待である」という主旨の言葉に出会い、それまでの人生を深く反省し懺悔の日々を送るようになってすぐ。 だから。。。もう何年前になるのかな(^^; 研修の余韻のさめないその勢いで、ノースカロライナの視察の旅行に参加。 ...続きを見る

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2011/01/21 10:34
ふれあい囲碁
ふれあい囲碁 「やねだん」で、総務省・椎川さんがご紹介くださった「ふれあい囲碁」 いつか、ふれあってみたい!と思っていたのですが・・・ ...続きを見る

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2010/12/22 00:10
Treatment〜本来持っている力を引き出す
Treatment TEACCHのTがTreatmentのTだと知ったとき感動だったな。 ...続きを見る

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2010/12/14 02:10
鞄に詰める
週末にじーばーのところへ行ってきました。 ...続きを見る

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2010/10/04 10:42
発達障がい者に対する療育手帳の交付について
発達障がい者に対する療育手帳の交付について(概要) −行政苦情救済推進会議の意見を踏まえた通知− ...続きを見る

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2010/09/27 22:58
アセスメント
 「アセスメントは組織のマネジメントシステムを確立した後において、目指す方向、達成すべき目標との差及びその課題を特定し、更に継続的にパフォーマンスを向上させるために行います。」 <経営アセスメントコンソーシアムHPより引用> ...続きを見る

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2010/09/09 08:24
うまくいっているときこそ
久しぶりに、次々更新(^^: ...続きを見る

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2010/09/01 23:38
ご都合主義を排す
昨日は、某発達障害専門相談機関でのアドバイザー。 かれこれ5年目? ...続きを見る

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2010/07/28 23:16
大阪そして京都・大原
今月最初の土日に、 確か京都大原へ行ってきたはず。 ...続きを見る

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2010/07/14 09:10
イノベーション
イノベーションという言葉は、よく耳にしていました。 「技術革新」や「経営革新」という意味として。 ...続きを見る

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2010/06/23 14:57
世間の風
娘のバス通学への記事に、 ながたさんから、こんなコメントをいただきました。 ありがとうございます☆ ...続きを見る

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2010/06/21 08:36
「きらっと生きる」NHK教育6/18昼12:00〜 要チェックです☆
すっかり忘れてたぁ。。。\(◎o◎)/! ...続きを見る

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2010/06/16 00:14
登校拒否 その2 おでんくんの場合
前回の、娘の登校しぶり?!の記事に、お友達の「おでんくん」がコメントをくださいました。 とってもいい&おもしろいお話なので、コメントにとどめておくのがもったいなくて、こちらで紹介させていただきます(^^) おでんくんは、保育士さんです。 ...続きを見る

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2010/05/09 14:05
登校しぶり?!
登校しぶり?! 夕べ寝る前のこと。 ベッドに入り、電気を消すと、「おかあさん、おなかが痛くなっちゃった」と娘。 ...続きを見る

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2010/05/07 08:24
生き残るヒト
1990年発行『「寝たきり老人」のいる国 いない国』 遅ればせながら拝読したのが、1991年。 ...続きを見る

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2010/05/06 23:00
「SCHOOL OF ROCK」情報の2
またまた。 梶原徹也さんのブログから。。。 http://ameblo.jp/tetsuya-kajiwara/ ...続きを見る

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2010/05/05 14:29
素敵すぎる(*^ ^*)
4/12の記事です。 ↓ http://yamabaa.at.webry.info/201004/article_10.html ...続きを見る

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2010/04/28 10:30
特別支援教育2〜多文化共生でいきませんかD〜
先日の特別支援教育についての記事に、 「自閉症児の保護者さん」から、こんなコメントをいただきました。 ...続きを見る

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2010/04/27 15:18
違いを理解するアタマ
自閉症スペクトラムの人たちの、特性をアセスメントしたり、支援を考えたりすると、とても脳が疲れます。 ...続きを見る

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2010/04/23 09:38
特別支援教育
1年生の1年間をみんなと一緒に過ごした男の子。 今年から、教科学習のメイン教科、国語と算数の時間は、 特別支援級に行くことになりました。 ...続きを見る

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2010/04/22 23:18
連携
ある相談支援センターの療育コーディネーターのKさん。 時々「20分電話、いいですか?」というメールをいただきます。 ...続きを見る

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2010/04/21 23:44
多文化共生でいきませんかC
改めて、戸枝陽基さんのブログから。 ↓ 手をつなぐ育成会速報30 http://hiromoto.up.seesaa.net/image/BCEAA4F2A4C4A4CAA4B0B0E9C0AEB2F1C2AECAF330.pdf ...続きを見る

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2010/04/20 23:33
人を育てる
今日、ヤンキー先生こと参議院議員の義家弘介さんのお話を聞きました。 ...続きを見る

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2010/04/18 22:14
多文化共生でいきませんかB
多文化共生で、コミュニケーションの問題は、とても大切なことだと思います。 ...続きを見る

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2010/04/17 18:35
多文化共生でいきませんかA
日本語は、微妙なニュアンスを伝える言葉がたくさんあると言われています。 なのになぜ、「障害」という言葉にこだわるのでしょうか? ...続きを見る

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2010/04/17 17:58
多文化共生でいきませんか@
障がい者制度改革推進会議について。 戸枝陽基さんのブログにそのままリンク(^^; まず、こちらをじっくりお読みくださいませ。 ↓ http://hiromoto.seesaa.net/article/146360015.html ...続きを見る

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2010/04/14 10:26
やっぱり、早期発見・診断と早期療育・子育て支援が大事
定期的に送っていただいているあるニースレターからのサマリーです ...続きを見る

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2010/04/09 09:00
人として
障がいのある人たちの支援 ...続きを見る

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2010/04/08 09:12

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